今では信じられない話だが、ビートルズが来日した頃、1ドル=360円という固定相場で、日本は米国と対等な貿易など不可能な状態であった。
例えば、まもなく販売されるiPhoneXの64GBモデル(米価格$999)が税込で約40万にもなる不平等な時代があったと言えば分かりやすいだろうか。

1970年代半ばに日本円の力が強くなり、ドルと対等に付き合える通貨として世界に認められた頃、少しずつではあるがアメリカの文化が入って来るようになった。

ハリウッド映画とヒッピーファッション、そしてポルノである。

アメリカの若者文化に触れたくて、修猷館から自転車で板付米軍基地に通って米兵と仲良くなったり、医学部時代には佐世保出身の同級生の実家を尋ねる名目で基地近くのバーや雑貨店に足を運んだりもした。

そんな時に米兵が得意気に見せてきた雑誌がプレイボーイ誌だった。
西海岸のファッション、流行りのレストランやデートスポット、ちょっと高級な時計や万年筆、憧れの車… それらの記事と同じようにブロンド女性のピンナップが踊る紙面。

板付基地の米兵と仲良くなった修猷館の先輩の宝物だったアメリカ製のポルノ誌は男子校生徒には刺激が強すぎて直視できなかったが、プレイボーイ誌のピンナップは性は自然で美しいものだと感じさせてくれた。

性は不純なもの不道徳なものという教育を受けていた当職にとってプレイボーイ誌の「性は力であり、善である」というメッセージは新鮮だった。

そのプレイボーイ誌の創刊者であるヒュー・ヘフナー氏が亡くなった。 享年91歳。

今から10年前、厚生クリニックを開院するにあたり、大いに悩んだ。
当時はまだバイアグラが治療薬だという認識は低く、医師としての尊厳を保てるか不安でもあった。

そんな時にふとヘフナー氏の言葉が頭をよぎった。

「Life is too short to be living somebody else’s dream.」

ご冥福を祈るばかりである。